えんとつ町のプペル2026/04/24

原作者のイメージが先行して、素直に観るには雑音が多い作品。煙の向こうには空があって星があるんだよという話なんだけど、感動しろ!と脅されているような圧迫感がものすごい。

いろんな作品の盛り上がるシーンを寄せ集めたような印象を受ける。すぐに思い浮かぶのは『ラピュタ』と『ONE PIECE』のサボで、ただ似てると言うには取って付けたような不自然さがあり、パクリという指摘が多いのも頷ける。それでいて、背景やら世界やら心情やら関係やら、あるいは盛り上がるまでの流れやら、大事な部分が雑に飛ばされているため、少しも共感できないし感動もできない。

閉じた世界から外を夢見るなら、普通は海に出ようとするはずだが、それはしない。星があると信じて上を向き続けろ!というなら、まあ別にそれでも良いんだけど、むしろ、そんな俺をバカにするな!の方に重点を置いているから、拒否反応が出やすいのだろう。

アニメーションは4℃で美しく、でもどこかで見たような動きが多い。芦田愛菜は、少年役には向いてないと思う。

poupelle.com/movie1/

北極百貨店のコンシェルジュさん2026/04/22

客が動物という不思議な百貨店で頑張る新人コンシェルジュが、絶滅種のお客様を笑顔にするため走り回る話。絵本のような幻想的な雰囲気の絵柄に、コミカルで見せ方を心得たアニメーションが楽しい作品。音楽も良い。

人間が絶滅させた動物たちに人間が奉仕する、という構図なんだけど、擬人化された動物が人間的なエピソードを演じているので、その設定が意味を成していない。それぞれの動物の特徴とか生態とか歴史とか、ほとんど関係なく展開するエピソードは、別の動物でも成立してしまうし、なんならどこかで聞き覚えのある話ばかりだ。ついでに言うなら、個人的な感覚としては、寄り添うというより過剰接客に思える。

子供向け絵本を眺めるように、何も考えず出来の良いアニメーションで和むのが正解。良くも悪くも後に残らない。

hokkyoku-dept.com/

窓ぎわのトットちゃん2026/04/19

黒柳徹子の自伝でありノンフィクションでありながら、物語として充分に成立している。その理由は明白で、自身の生い立ちやサクセスストーリーを書こうとはしていないからだ。実際の出来事を通じて描かれているのは、それらを受け止めた子供なりの心情であり、その経験から育まれた自身の信条なのだろうと思う。さすがはベストセラー。

教育とか差別とか戦争とか、深刻なテーマを示唆しながらも明確な主張は無い。しかしエピソードは誰も否定できない事実として提示されるので、強いメッセージ性を感じられる。全体的に淡い色遣いで、主人公はややケバいキャラデザで、暗くも重くもない作品からこういったメッセージが伝わってくるという感覚は、なかなかに貴重だ。終盤では、それまで楽しく過ごしてきたトットちゃんが、突然直面した「現実」で溢れる町の中を逃げるように走っていく、言葉の無いアニメーションでの表現がとても印象的だった。

大野りりあなという子役がトットちゃんの声を当てていて、存在感と演技力が凄くて驚いた。キャラが特徴的だからか、いわゆる子役の喋り方なのに不思議と全く違和感が無い。ずっと喋っていてもウザくないし、囁くシーンも泣くシーンも本当に上手に思えたし、おかげで他の俳優陣の素人ぽい演技まで気にならなくなったほど。どんなアニメでも合うかと言えばそれは違うけど、とにかく本作では素晴らしかった。

黒柳さん金持ちお嬢様だったんだな。と思ってしまうと素直に観られなくなるので注意。

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ルックバック2026/04/07

漫画を描く主人公が、障壁であり相棒であり読者であった友との日々を経て、漫画を描き続ける話。創作に向かう熱量の描写がクリエイターたちに称賛され、現実の事件を想起させる内容の描写が少なからず批判され、例によって様々な深読みの考察がなされたりもした話題作。

過去を「振り返る」という意味では、漫画を描く現在から見た原点の物語かもしれない。「背中を見る」という意味なら、互いの背中を見て成長する青春の物語かもしれない。オアシスの件もあるし、おそらく事件の追悼という意味が無いわけではないだろう。劇場では、号泣する観客が続出したらしい。これ、泣く映画かな? どれもまあ理解はできるんだけど、いまいちピンとこない。

個人的には割とシンプルに、ぼくは漫画を描き続けるよ、という話なんだと思った。多くの時間を費やして、主人公の背中が描かれている。単純に、その背中を観る作品なのではないか。それが何になるのか、何の役に立つのか、いろいろな想いを抱えながら机に向かう者の背中を描きたかったんじゃないか。小難しく言うとすれば、取り返しのつかない現実に対して、その受け容れがたい無力を認め呑み込んだ上で、自分が漫画を描き続けることを改めて決意表明する作品、といった解釈になるだろうか。

視覚的には、作画が美しいとか動きが良いとかはもちろんだけど、アニメ的な表現に惹かれるものがあった。ひたすら背中を見せる静の演出は全体を通して効果的だったし、動では雨や雪の中で感情を溢れさせるのが良かった。特に主人公が歓喜のあまり踊りながら走るシーンは、原作の「漫画としての圧倒的な表現力」に対抗して、アニメとしての表現を追求したかのような出来で、見比べるととても面白い。
CVでは、メインの二人は声優じゃないけど全く問題なくとても素晴らしかった。こういう作品では、声で別キャラが浮かんだりしないのは大事なのだろう。大物俳優を使って話題作りをする連中とは違うのだ。

是枝監督の実写版がどう転ぶかはちょっと興味あるけど、あまりにも本作を名作傑作扱いして持ち上げる風潮は、なんか違う気がする。

lookback-anime.com/

シン・エヴァンゲリオン劇場版2026/03/03

エヴァは、旧劇場版『Air/まごころを、君に』でキレイに完結した。と、個人的には考えている。だから本作を観るまで、新劇場版はリメイクというより「凄まじくクオリティの高い二次創作」として楽しむスタンスだった。

観る側にとっては、同じ観る側による二次創作『GQuuuuuuX』が琴線を弾きまくったのとは違って、作る側によるセルフ二次創作が必ずしも「ツボにハマる」とは限らない。本作で言えば、初期ロットちゃんの「○○って何?」連発がどうにも居心地悪くて、村での話はちょっとツラかった。綾波が綾波らしくないのは、TV版第26話もそうだったけど、なんか許せない気持ちになるみたいだ。
まあそれでも、ヴンダーに戻ってからの展開はさすがの緻密さと豪快さで、エヴァな面白さを十分に楽しめた。よく分かんないけどそれっぽいカッコ良い設定で、よく分かんないけどそれっぽいカッコ良い用語で。マイナス宇宙とか新しい槍を作るとか、よく分かんないけどそれはそれで良いんだよ、だってエヴァなんだから。

そして驚くべきことに、新劇場版は二次創作ではなく紛れもないリメイクだった。30年前とは展開が大きく変更され、作画が大きく進歩しているにも関わらず、既視感が溢れ出てくる。最終的に描かれていたのは、旧劇場版を塗り替えるものではなく、TV版すら否定するものではなかった。庵野監督が抱いていたテーマは、かつて夢中で観ていた作品は、何も変質していなかった。それが、なんとなく嬉しかった。

勝手に分析するならば、エヴァは女性を描くことに強くこだわっている。綾波は、主人公にとって女性ではなく「男性から見た異質な存在」の象徴な気がする。アスカは、愛に飢えて脆く、愛に満ちて強い、主人公にとって「異性としての女性」だろう。ミサトは、娘として過去を背負い、女として葛藤し、母親として去っていく、まさに「女性」そのものだ。
そんな中で、主人公にとって大きな存在の男性である「父親」のゲンドウは、息子との接し方に惑い、ある意味では怯えている。本作ではその隠された心情がより直接的に描かれたが、『まごころを、君に』でも彼は「怖かった」と言っている。いろいろ暴れたり壊したりとアニメ的に面白い部分は変わっていても、その奥には同じ人間の内面の物語があったわけだ。

社会現象となったことで、ディズニーとジブリしか知らない連中が「なにこれ分かんなーい」とか言い出して、新劇場版はその回答でもあっただろう。しかしエヴァを「分かるもの」に作り直すのは、どう考えても間違いだ。だから、「何が言いたいか」を分かりやすくしつつ「何をやってるか」をますます意味不明にした本作は、リメイクとしては見事で痛快な出来と言える。その一方、マリの投入でアスカの立ち位置が微妙になったり、巨大綾波の存在感が薄くなったりと、旧劇場版の方が良かったと感じる点があったのは残念だ。
タイトルの「𝄇」が何を意図しているにせよ、おそらく庵野監督はもうエヴァを作らないだろう。本作が「ヱヴァンゲリヲン」でなく「エヴァンゲリオン」なのも含めて、「シン」には、ウルトラマンや仮面ライダーと同様に、長く自分の中にあった大きなものについての集大成とかケジメとかいった意味があるのではないかと思う。それは自ら作品を創り上げる者ならではの矜持であり、版権を持ってるからといって金儲けのために名作を毀損するような連中とは、根本的に意識が違うのだ。

で、完全新作シリーズは鶴巻・谷田部監督でやるらしい。心配なのは、「ガンダム化」のために世界観を壊さないかと、そして何より、庵野秀明が黙っていられるかどうか。

www.evangelion.jp/

SPY×FAMILY CODE: White2025/10/07

ロイドが、颯爽とトラブルを片付けたり振り回されたりする。ヨルさんが、華麗に敵を叩きのめしたりボケまくったりする。そしてアーニャが、元気に走ってはしゃいで笑顔を振りまく。いつものように家族が「みんなで、一緒に」大冒険して帰ってくる話で、それを何も考えずに楽しむのが正解。

例によって家族紹介から始まったり、レギュラーメンバーを詰め込み気味に出演させたり、一応は初見でも分かるよう配慮されているが、これは明らかに既存ファン向けの劇場版。しかも縦筋のストリクスは進捗しないので、本編ストーリーにも影響が無い。となれば、これはもう愛すべき連中の活躍を楽しむための作品であって、楽しいのだからそれで良いのだ。
大人気作の映画化でありながら、敵役以外に余計なオリジナルキャラを出さなかったのは、極めて正しい。ネジ込まれた新人アイドルの下手な歌を聴かされることもなく、しゃしゃり出た大御所俳優やお笑い芸人の下手なCVを聴かされることもなく、好きなものが毀損されないというのは観る側にとっては重要なことだ。

アーニャ、よく我慢した。えらい。

spy-family.net/codewhite/

君たちはどう生きるか2025/08/26

意味不明と断じて放り出すか、各自が深読みして絶賛するか、賛否両論でネットが湧いた作品。さすがに説明不足だと思うので、分からんという意見はごもっともだ。また、現代を生きる若者へのメッセージだとか、腐敗したジブリの象徴だとか、色んな考察もそれぞれに面白い。どちらにせよ、アカデミー賞やらいっぱいもらって興行的に成功したんだから、制作側としてはそれで良いんだろう。

ざっくり言えば、現実に居場所のなくなった少年が不思議世界をうろうろして帰ってくる、という話だ。いわゆる『アリス』的なファンタジーとして受け取れば、いかにもジブリジブリしたキャラやシーンを楽しみながら、何も考えずに観ていられる。たぶんそれで良いんじゃないか、と個人的には思う。そこに何かしらの意図や示唆を見つけようとするから、とたんに難解に感じられて、見つけられない人にとっては意味不明になる。

だから、タイトルを気にしない方が良い。吉野源三郎による小説『君たちはどう生きるか』は主人公の成長を促すアイテムではあるが、あちこちで言われているように、本作の基本構造はむしろ『失われたものたちの本』から出来ている。児童文学としての教育的側面はあるにせよ、あくまで冒険ファンタジーものということだ。ジブリ作品では「宮﨑駿は何を伝えたかったのか」なんていう解説がよくあるけど、本当にそんなものが明確にあったのか、いつも疑問に思う。

相変わらずCVが大物俳優だらけでげっそり。主要キャラの一人は俳優ですらない。理解できない。

www.ghibli.jp/works/kimitachi/

鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎2025/08/14

目玉になる前のオヤジが、相棒となった水木とともに、幽霊族を喰い物にするおぞましい因習と戦う話。引っかかるのは、「鬼太郎誕生」の話ではないという点だ。最終的にはあの鬼太郎出生シーンにちゃんとつながっているが、それはあくまで後日談だし、肝心のオヤジが目玉になるくだりは本編では描かれていない。
水木しげるがその長年にわたる活動においても描かなかった前日譚を本人の没後に創作して、それを「誕生」と謳うのは、なんだかモヤモヤする。戦うのがオヤジだという設定さえ除けば、これは鬼太郎でなくとも成立するアニメだ。儲からないけど。

とは言え一方では、今さらそんなことを気にしても意味が無いと解っている。猫娘が8頭身の時代に何言ってんだって話だ。『ルパン』もそうだが、すでにみんなで受け継いでいくという次元な作品では、すべては二次創作であり、すべては許容されるべきなのだろう。大切なのは原作へのリスペクトで、本作には十分それが感じられる。

そんなわけで、割り切ってしまえば面白いと思う。遺言開封から始まる露骨な横溝正史パターンと、どこかで見たようなバトルシーンの動きが、ちょっと気になるくらいで、オヤジが目玉になるシーンを端折った点も、まあ事情は想像できる。飄々としたオヤジはカッコ良いし、水木のキレ方は胸がすくし、戦争でも平和でも人間は醜いという鬼太郎っぽい思想もあるし、現代版の前日譚としてアリな一品だ。

「片方隠すくらいでちょうどいい」は、後のシリーズでも使うべき名言。

www.kitaro-tanjo.com/